君という君を重ねて |
ある晴れた何気ない日常の最中、神楽は掃除している新八を手伝おうと自身も押入れを整理整頓中だ。此処は銀時の私物で溢れ返っていて、普段は近寄るなと言われているのだが・・・掃除だし、と神楽は持ち前の前向き(いや、自己中さと言った方が正しいかもしれない)でその扉をこじ開け、無造作にいつもよりかは幾分か真面目(まとも)に着々と異界の中身を片付けていった。(ちなみに銀時は今、外出中である) 異界といっても中は何てこと無い、ガラクタばかりで。少し面白いものでもあるかと期待していたので、つまらない。出てくるのは「お前には早すぎる、まだ見ちゃいけません」と言われた、いわゆる男性向けの雑誌と、銀時秘蔵のお菓子達ばかりである。(時たま服が出てくるが。それはどこかで見たようなマフラーであったり、着物であったり・・・どれも大切そうにしまわれていて、服相手に嫉妬心が芽生えたほどだ) そんな時である。彼女が、まるで封じ込めるかのように護符が無数に貼り付けられている細長い箱を見つけたのは。 なんだろうと、逸る心臓を押さえ、護符を一枚一枚丁寧に剥す。どうやら、この符は定期的に張り替えているようだ。真新しいものの中にくすんだ色の符も見え隠れしている。全て剥し終わり、蓋を開けると、中には更に護符が貼られた布に包まっている、『何か』がそっと眠っている。それを見て神楽は瞬時に、それが何であるかを悟った。 ―刀、だ・・・ 神楽は、これを最初見た時、開けたいという感情と開けるなという本能が同時に心を満たしていった。『これ』はまちがいなく、神楽の知らない銀時の―『白夜叉』の遺物だ。あの桂が、目を細めながら嬉しそうに悲しそうに、情景と畏怖と尊敬と憐憫を込めて呟く、銀時のもう一つの名前。幾多の天人を血の海に屠ってきた、伝説の上の人物。その人であったときの、銀時のもの。これを見たら、自分の知らない銀時のことがわかるだろうか。 銀ちゃんの過去が知りたい。時折見せる、あの悲しい顔は一体何がさせているのか。それを知れれば、守れると思った。少なくとも、何も知らない今よりか。でも、何も知らないほうが守れるのではないか、と思ってもいる。だから、言いたくないのを無理に聞き出すことも知る必要も無いと考えて、見ない振りをしてきた。自分だって触れられたくない・・・自分でも触れられない闇があるから。でも、これを見れば解れるのかな?そう思うと同時に、夜兎ととしての本能が開けるなと叫ぶ。それは戦いを求める声よりも強く、頭が割れてしまいそうだ。 生存本能なのか、これが・・・こんなちっぽけな刀が危険と、本能は警告する。そんな2つの声に苛まれていたとき、玄関から声が響いた。 「たーだいまー、新八ぃー神楽ぁー。メシにしようぜぇ、メシ。銀さんお腹減っちゃってさー」 銀ちゃんが帰ってきた。 その声に、神楽は慌てて開けてしまった箱を元に戻そうとする。でも、戻そうとして刀を手に持った時に新八が扉からひょっこり顔を出した。 「っ!」 「神楽ちゃん、銀さん帰ってきたから、ご飯にしよう・・・って、あれ?神楽ちゃん、それ・・・」 「どーした?新八、神楽。早いとこメシにしようぜー、メ・・・シって神楽、それ・・・っ!」 見つかった!どうしようどうしようどうしよう。勝手に開けて、勝手に見つけて暴こうとして、嫌われるだろうか拒まれるだろうか、あぁそれが一番辛くて厭だったのに―。 神楽は固まって、驚いている銀時を震えながら凝視した。銀時は驚いていたのは一瞬で、神楽が何を持っているのか何を見つけてしまったのか解った途端、凄い形相で叫んだ。 「神楽!それ早く離せっ!!殺されてーのかっ!?」 「ちょ・・・っ!銀さん!!神楽ちゃん怯えてますよ、落ち着いてください!」 「うるせー!この眼鏡!!神楽、早く離せっ!」 銀時の言葉に神楽は体をビクッと震わす。そんな怯える神楽を見て、まだ状況がよく掴めていない新八はとりあえず2人を落ち着かせようと、銀時に冷静になるよう言うが、効果は無い。 それにしても殺されたいのかとは随分と物騒な物言いである。それほど大切なものなのだろうか、と新八は首を傾げた。まあ、刀は侍の魂であると言うし、それを勝手に触られて激昂するのも無理は無いだろうが、普段の銀時はそんなことで此処まで言わない。寧ろ触られても気にしない風だ。だから、それが新八に違和感を抱かせる。それに、銀時の顔は神楽に対して怒っているというより、心配して焦っているといった感じだ。 とりあえず、あれを手放さなければならない理由でもあるのだろう。新八は眼鏡をくいっと上げて、神楽に向かってそれを離すように優しく諭す。すると、神楽はやっと息が出来たみたいに、はっとなって腕に抱えていた代物を床にそっと置こうとした・・・・が、 「神楽っ!!」 「神楽ちゃん!?」 さっきまで巻かれていた真っ白い布が、今は腐って変色し、黒くなってぼろぼろと砂のように消えていく。まるで命を吸い取られてくみたいに、脆く。 最早布とは呼べなくなった代物の下から現れたのは、真っ黒な鞘の(これは別に珍しくない)綺麗な日本刀だった(刀だとは解っていたが、それは想像を超えた美しさだった、まだ鞘しかその姿を見せていないというのに) その黒い瘴気は、白を侵し、じわりじわりと神楽ちゃんの指までも蝕んでいた。触れているところから広がっていくそのわけの解らない恐ろしいものに、動くことも出来ない(こちらにまで気が充満してきて、気を抜いたら倒れてしまいそうだった)僕の横を銀さんが、颯爽と走リ抜けて神楽ちゃんの手を引き剥がし、刀を掴んで叫ぶ。 「落ち着け!!!」 「あ・・・・、」 その言葉と供に、今まで侵食していた白い瘴気が急速に引いていった。布からも、神楽の指からも、この部屋の空気からも。もう、それの気配は無い。白は銀時に愛しそうに身を摺り寄せて、刀へと戻っていった。 その光景に新八と神楽は言葉を失くす。一体今のは何なのだろう、自分達は夢でも見ているのか?己の目を疑いたくなった。 そんな2人に、銀時はバツが悪そうに、あーとかうーとか言った後に「じゃあ、メシにすっか」とごまかそうとしたが、新八が「それは何なんです?」と真剣な目で訊ねるものだから、話さなくてはいけないなと銀時は観念した。しかも、その瞳の中に怯えが滲んでいたなら尚更に(あぁ、こいつらも俺達を恐れるのかなんて少し切なくなったりしながら) 怯えながらも逃げないぞ、と震える体を必死に奮い立たせている幼い子供達。今にも泣いて逃げ出したいであろうに。銀時は一つ、溜息を吐きながら頭を掻き、「・・・これは妖刀だ、」そう、呟いた。 「よ、う・・・とう?」 「あぁ、そうだ。こいつは室町時代の稀代の名匠、村違によって作られた妖刀、」 「・・・」 「銀色の銀に、蠱毒の蠱で」 「そんなことって・・・」 信じられないと叫ぶ新八に、「ならさっきのことを他に説明できんのか?」と聞けば、ぐっと押し黙る。それ以外、あの現象を説明することは出来ない。新八も解っているのだろう、ただ信じられないだけで。 「こいつ、俺以外が触ると拗ねてよー、触れたもの全ての命を侵食するから・・・もう触るんじゃねーぞ?」 そう、恐ろしいことをさらっと嗤いながら言う銀時に、新八はいっそのこと気を失ってしまいたいと思った。
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