「おぃーす!花菱。」
「こんにちわ!先輩!!」
二人の生徒が挨拶していく。一つは烈火に向けられたもの。
もう一つは・・・どうやら俺らしい。
あまり面識がない後輩だったので、俺は曖昧な笑みを浮かべて適当に挨拶した。
すると、周りが一斉にざわついた。
・・・・なんだ?まあ、いっか。二年生が居るのが珍しいだけだろうし。
俺がそんなことを考えてるうちに、烈火はその「佐古下 柳」のクラスを聞いてきたらしい。
・・・その子の事となると行動が速いな、弟よ・・・。
お兄ちゃんは、少し複雑な気持ちだぞ〜。
と、いうことで俺達は1年A組に行くことになった。
遠い日の詩 前編
ガラッ!
烈火が勢い良くドアを開ける。・・・どれが柳ちゃんかな〜。
俺がキョロキョロと辺りを見回していると・・・・
「見っけ!兄、あの方こそが我が主君だ!!」
そう言って烈火が指差した女の子を見たとき、俺は心臓が止まるかと思った。
・・・・・な・・んで・・・
そんな俺に烈火は気づかないまま、その子に話しかける。
「おはよーっ、姫!!」
突然の烈火の挨拶に、その子は驚きながら返事をしている。
「おは、おはは・・・おはようございます。烈火くん!」
そんな二人のやりとりを、俺は呆然と見ていた。
―今、目の前で起こっている現実が理解できない。
・・・・あの人は死んだ。この目で見たのだから、間違いない。
じゃあ、この人は?誰なのだろうか。
あの人と同じ髪の色。声。顔・・・・雰囲気。
全てが同じではないけれど、似すぎている。
自分にとって母であり、姉であり、妹のような親友。自分の存在する意味そのもの。
あの・・・・誰よりも優しかった姫君に。
***
―さくらっ!!!!
炎の中に消えていく彼女。俺は大声を上げて、彼女の名前を呼ぶ。
生きてくれっ!そう言いたかった。俺を暗闇から救ってくれた優しい命。
なんで、こんなにも綺麗なものが失われなければならない?
運命なんて、大嫌いだ。振り回すだけ振り回して、一番幸せにならなきゃならない人を奪う。
愛する者達を失って、傷ついて・・・それでも微笑み続ける彼女。
俺に幸せになれ。人も俺も、そんなに悲しいものではないから・と。
そして、次に生まれ変わった時は本当に愛する者と幸せになりたい・と。
あの時口にした彼女の願い。絶対に叶えると約束した。・・・一番目の望みは意味がわからなかったけど。
だって、俺の幸せは桜が幸せであること。傍にいてくれることだけなのに。
それに、人がなんなんだ?あんなにも醜い生き物。桜や此処の人たち以外の人間なんて、俺にはどうでも良い。
でも、桜の願いを叶える。それが自分の存在意義・生きる全てだから。
迫害され、誰も受け入れてくれなかった俺を抱きしめてくれた・・・・・愛しい人のために。
俺の中に、痛ましい記憶と共に・・・彼女の願いが湧き出てくる。
ああ、なんて運命はいたずら好きなんだ。
まさか、烈火が主君とした人があの人の生まれ変わりだなんて。
あの人を主と決めるなんて・・・・親子だからかな。似ているのかも。
でも、あの時の悲劇。同じことを繰り返すかもしれない。
でも・・・・烈火なら大丈夫だという気がする。
何故かは解らない。欲目だろうか。
自分を受け入れてくれた、数少ない人間。
烈火が幼い頃からずっと一緒だった。
今、一番大切な人。
桜があの時、望んだ願いの意味がやっとわかった・・・・烈火や親父・皆と出会えて。
やっとわかったんだ。
―初めは、人間なんて大嫌いだった。ほんの一部を除いて。
里にいたときも、陽炎と桜花。そして紅麗としか関わらなかった。時々、麗奈とも話したけれど。
人間は自分と違うものに敏感だ。そして、それを嫌悪する。
俺はその対象だった。紅麗も。
だから、よく二人でいた。
仕事なんて無い俺の楽しみの一つは、紅麗と一緒に遊ぶこと。
里の人間は呪いの子・なんて言ってるけれど、紅麗は普通の子だった。
皆と同じ。嬉しければ笑う。悲しければ泣く。怒ったり、喜んだりするんだ。
・・・・まあ、少しばかり感情が読みにくいかもしれないけど。
でも、俺にとっては大事な大事な弟みたいな存在で。
いじめた相手に、よく仕返ししたものだ。
相手は俺を恐れてばかりで。結局、親に言いつけたり、長老に言いつけたり。
それで、よく叱られた・・・・というか罵倒された。
化け物・と。死ねとか、散々言われて。
桜花は怒っていたな。そんな里に・・・・そして、何も出来ない自分に。
陽炎も、何とかならないかと尽力を尽くしてくれた。いつも、俺達を心配してくれて。
俺はそんな優しい桜花や陽炎が大好きで、二人の間に子供が出来たと聞いたときは本当に嬉しかったものだ。
・・・・・紅麗は嫌そうだったけど。
そんな、小さな狭い俺の世界は脆く崩れ去る。
織田が攻めてきて、里は壊滅状態。
陽炎は俺達だけでも逃がそうと、禁術まで使って・・・・。
―烈火を、頼みます。。そして、ごめんなさい。今まで辛い目に合わせて。確かに、人は本当に愚かな生き物よ。でも・・・・
人はあなたが考えてるほど、悲しい生き物でもないわ。・・・あなたも。
陽炎は桜と同じことを言った。
なんなんだよ、それ。
そして、俺は烈火と・・・・横から飛び掛ってきた紅麗と現代に飛ばされた。
気が付けば、辺りは見知らぬ建物でいっぱいで。
でも、どこか懐かしい。
前に自分はこんな所にいたこともあったかもしれない。
でも、随分と昔のことなのだろう。よく思い出せない。
―色々と旅してたし。・・・・桜に会う前だな。
おそらく、あそこに閉じ込められる前の記憶だろう。
桜と出会ったのは、そこだったから。
憶えてなくて当たり前。
なんせ、あそこには随分と長いこといたし。
―4〜500年?そんなとこか。数えて無いから、詳しくはわからないけど。
さて、問題はこれからだ。
今、傍に居るのは幼い烈火だけ。紅麗は途中ではぐれてしまったようだ。
これからどうしよう。
見知らぬ土地で、二人きり。
しかも、自分は人間じゃない。・・・・見た目はなんら問題はないけれど。
ああ、雨まで降ってきた。本当に災難は続くものだ。
烈火に水がかからない様に、覆いかぶさる。
間近にある幸せそうな寝顔。
烈火・と呼びかければ、ふにゃっと笑う口元。
手には自分の髪を握り締めてる。
ああ、なんて愛しいんだろう。
この子は、大好きな母親と離れ・・・・父親の顔も知らずに生きていかなければならない。
それはとても寂しい。自分が、そう感じたように。
だから、なおさら思う。自分がこの子の、自分にとっての桜のような存在になれないか・と。
・・・・無理だろうけど。自分は化け物で、この子は人間だ。
人の手によって育てられた方が良い。
そう、その方が・・・・
そうやって、どれくらいだろうか。
ふと、影がさした。
こちらが警戒すると、その何かは一瞬驚き、そして言った。
―こんな雨ん中、なにやってんだ?風邪引くぞ。
そう言って、それは俺の上に傘を差し出して雨を防いだ。
余計なことを。どうせこいつも、俺が人では無いと知れば罵るだけだ。
今、さしているその傘で俺を殴るだろう。
―余計なことをするな、人間。殺されたくなければ、今すぐここを去れ。
俺がそう言うと、そいつは笑って「それじゃあ、まるでお前が人間じゃないみたいな言い方だな。」と言う。
だから、そうなんだ。
病気にもなんかならない。傷なんても、すぐに治る。そして、逆に傷付けてしまう。
自分は化け物なんだ。お前は人間なんだ。違うものなんだよ。
こっちがどれだけ焦がれても、人は自分を恐れてしまう。
愛してくれても、人はこの手からすり抜けていってしまう。
どれだけ望んでも、どれだけ願っても・・・・・叶わない想い。
そいつの一言で、俺は切れてしまったのか、今まで隠していた心の全てをぶちまけてた。
止まらない。奥深くに閉じ込めていた想いは、溢れ出して止まらない。
桜にも桜花にも陽炎にも紅麗にも、言ったことがなかったのに。
言い終わって、肩で息をする俺をみてそいつは、悲しそうに、そうか。と言って黙ってしまった。
てっきり、気味悪がられるかとおもったのだが。
なんなんだよ、こいつ・・・・変な奴。
気まずい沈黙が辺りに流れる。
そのとき、突然烈火が泣き出した。
いきなりのことに俺は慌てて。
どうしたら良いかわからなかった。
そしたら、そいつが
―赤ん坊か・・・。この雨だ。お前は平気でも、その子は違うんだろ?なら・・・・
俺の家に来い。
そう言う。
・・・・馬鹿じゃないのか?こいつ。
初対面の俺達を拾おうとするなんて。
しかも、今俺は人間じゃない発言したばかりなのに!
何考えてるんだ?
疑問も警戒心もあったけど、烈火が咳をしたのでしょうがなく俺はそいつについて行った。